ヒールとベビーフェイス、入れ替わった任天堂とSCE

最近のネット上でのSCEの嫌われぶりを見ていると、10年以上前、初代プレイスターション発売の頃を懐かしく思い出す。もしかしたら、信じられない人もいるかもしれないが、当時SCE任天堂のポジションは、現在とは全くの正反対だった。

その頃、自分の周囲には自分自身も含めてゲームオタクが多く、プレイステーションセガサターンといった新世代機にまつわる話題にはこと欠かなかった。その中で、圧倒的に嫌われていたのが任天堂任天堂自体が、Nintendo64を発売したのは、プレステやサターンに遅れて数年後だったが、自分の周囲では64の発売を待たず既に任天堂は見放された空気が濃厚だった。

現在、SCEがこれだけ叩かれる要因を作ってしまったのは、他ならぬ久夛良木健SCE現会長の強気発言の数々だと思うが、当時の任天堂不人気要因を作り上げていたのも、山内溥社長と今西絋史広報室長のタッグによる数々の強気発言だった。ソースを即出せないのは申し訳ないが、カプコンストII*1メガドライブ移植が発表された時、「あんな物は、スーパーファミコンで散々稼いだ後の出がらしだ」といった主旨のコメントを行った「ストII出がらし発言」や「プレステやサターンを買うのはマニアだけ、売れてもせいぜい30万台止まり」といった「新世代機売れない発言」を筆頭に、とにかく「任天堂最強」「他は全部ダメ!」といったノリの発言を多数行っており、ネットの普及していなかった当時でさえ、こういった発言の数々がマニアの間に伝わりアンチ任天堂の空気が醸成されていった。*2

もちろん、アンチ任天堂の空気が高まっていったのは、山内社長達の発言だけが原因ではない。その土壌が存在していた。当時主流だったスーパーファミコンソフトの定価は軒並み1万円以上、人気ソフト発売日には抱き合わせ販売が横行し、しかもハードの値下げなどもほとんど行われなかった。*3 また、流通は任天堂お抱えの問屋組織「初心会」に牛耳られ、小売り店が人気ソフトを仕入れるには任天堂と契約を行い「スーパーマリオクラブ*4」という組織に加入しなければならなかった。その他、サードパーティー各社に対する任天堂の高圧的な態度にまつわる様々な噂等、マニアの目に映った当時の任天堂の姿は、言ってみればスーパーファミコンの繁栄にあぐらをかき権益を独占する、守旧派の権化、古い権力の象徴だった。

そんな空気の中、旧来の流通の改革、ソフトの大幅な低価格化、魅力的な機能を持った新世代ハード、そういった改革を旗印にゲーム業界に乗り込んできたSCEの姿は、マニアにとっては旧態依然として淀んだゲーム業界を変えてくれる維新の志士にも見えた。*5 余談になるが、ここで興味深いのは、当時はサターンもプレステと同じくらい期待されていたことだ。現在では、歴史の闇に消えていった負けハード扱いされているが、発売当初は、ゲーム業界の現チャンピオン任天堂、新参者ながらナムコと手を組み様々な改革を持ち込んだソニー、そしてマニアからの支持は高いセガ、と三巨頭の一角をなしていた。そして、どこが次世代の覇権を握るか全く先が読めない状況だったのだ。

さて、そういったわけでプレステ発売当時の新世代機戦争で悪役は圧倒的に任天堂、そして多くのマニアが期待を寄せていたのが、SCEセガといった新世代勢力だった。(セガメガドラ等の実績があったから完全な新世代じゃないけどね) あれから12年、ゲームマニアの間でSCE任天堂の立場がまったくの正反対に逆転してしまったことは面白い。当時、悪の権化のように扱われ毛嫌いされていた任天堂の位置に今いるのはSCEだ。そして、社長の強気発言、ソフトの開発が難しい上に、発売の延期が繰り返された新ハード、といった構図まで当時の任天堂に似ている。しかも現在では、ネットの力という大きな要素が加わり、世評の加速度や定着速度は当時とは比較にならない。今から10年後、ゲーム業界のヒールはどの会社が担っているのか、現在、SCEがおかれている立場の厳しさを考えればPS4の存在すら危ぶまれるが、できれば任天堂SCE、日本の会社がそのポジションにあって欲しいと願っている。

*1:当時のストIIドラクエクラスのキラータイトルだった。

*2:もしあの頃、ネットが現在並に発達していれば、その叩かれ方は今の久夛良木健の比ではなかっただろう。

*3:初代ファミコンは値下げ無し。スーパーファミコンが末期に1度だけ卸値を下げただけである。

*4:テレビ番組とは無関係な流通組織。店舗に専用のショーケースなどを設置しなければならず、その初期費用には百万円以上が必要だった。もちろん、中古ソフトの取り扱いは禁止。

*5:既存勢力の弱点を徹底的に突いて業界に攻め込んできた姿は、アメリカに置けるXBOXとプレステの関係にも似ていて興味深い。